明治16年、和田喜学という人物が医師の河合氏から不思議な話を聞いたという。
田村荘兵衛という人物は幼名を勇吉といい、再生児(生まれ変わってきた子)だという。
話の内容はこうだった。
荘兵衛には「おふゆ」という姉がいたが、姉が10歳の時死去した。
すると一人の僧侶がやってきてこう言った。
「おふゆさんは、今年の11月24日に、男の子となってお宅で再生されるでしょう。赤ちゃんの手のひらに証拠があるはずです。よく調べてください」
いい終えると僧侶は何処へか去っていった。
家族が不思議に思っていると、僧侶の言ったとおり妊娠、男の子を出産した。
そして、右手の中に以下の品々が入っていたという。
今日でも地方によっては、愛児が亡くなったとき、手足に姓名や生国を記して埋葬する習慣があるという。
近辺で生まれた子どもに、その字がはっきりと記載されているという言い伝えだ。
ミャンマーの女性マ・ティン・アウン・ミヨは、「自分の前世は日本兵だった」と言っているという。
彼女の母親によれば、妊娠中、上半身が裸で半ズボン姿の日本兵に追いかけられ、「生まれ変わってお前たち夫婦のところで暮らす」と言われる夢を見たという。
彼女が生まれて4歳になったころ、不可解な言動が目立ちはじめた。
彼女の住むナツル村上空を飛行機が通った時だった。
彼女はそれを見て泣き叫び、異常なまでに怖がった。
この事件以後、彼女は前世について語り出す。
前世は北日本出身の既婚男性で5人の子どもがおり、入隊前は商店を経営していたらしい
第二次大戦中、ナツル村に進駐していたとき、炊事係だったが、連合軍爆撃機の機銃掃射を浴び、撃たれた股の付け根の傷が致命傷になって死んだ
そして、行動にも異様な傾向が見られた。
そして、彼女の母親も「股の付け根に縦2.5Cm横4Cm程の茶色の傷のような痣があった」と証言している。
状況証拠は十分だ。
西ドイツ、ブレーメン近郊で26歳のアガサ・ヘッフェさんの出産した男の子が、その数ヶ月前に自動車事故で死んだ夫のマルチン氏の生まれ変わりだと評判になった。
なぜなら、赤ん坊のブランドンちゃんが指に、埋葬の時一緒に埋めたマルチン氏のイニシャルと結婚日付が入った金の指輪をはめて生まれてきたからだ。
研究家によれば、前世の自分と似たような身体的特徴を備える例はいくらでもあるが、物質を伴う例は極めて少ないとのことだ。
今や「死んだら灰」という考えこそが迷信になりつつあるのだろうか。